2012年2月15日水曜日

戦後台湾の始まり 228事件発生の地

この地で二二八事件(1947’2/27)のきっかけとなる出来事が起きた。現在の延平北路と南京西路の交差点付近。

闇煙草を販売していた女性を、中華民国の官憲が摘発した。女性は土下座して許しを懇願したが、取締官は女性を銃剣の柄で殴打し、商品および所持金を没収しました。この処置に対し同情し集まった台湾人民衆に向け取締官は発砲し無関係な台湾人(陳文渓)を射殺し逃亡しました。

この事に怒った台湾人が翌28日、台北市で武装蜂起した。この動きは台湾全土にすぐさま広がり当時はまだ日本国籍を有していた本省人(台湾人)と外省人(中国人)との大規模な抗争となった。きっかけは闇煙草の挑発ですが事件の根っこにはをもっと奥深い物があった。

国民党政府の台湾上陸を「祖国復帰」と喜び歓迎したのも束の間 やがて彼らの腐敗の凄まじさに台湾人は驚き、失望していた。大陸から来た軍人・官僚は質が悪く強姦・強盗・殺人を犯す者も多く、犯人が罰せられぬ事もしばしばあった。また日本人財産資材が中国人官僚らによって接収・横領され、上海の国際市場で競売にかけられるに到り、台湾の物価は高騰、インフレによって企業の倒産が相次ぎ、失業も深刻化した。不正の少なかった日本の統治を体験した台湾人にとって、治安の悪化や役人の著しい腐敗は到底受け入れがたいものであった。

このような時代背景があり引き起こされたこの事件は、その後40年続く白色テロ、戒厳令への引き金となり台湾の暗黒の歴史を知る上で避けて通れない史実となった。解除され民主化されたのはほんの16~7年前だ。更に云えば多くの台湾人(本省人)が未だに持つ中国人への不信感はこの事件が根底に有るように思います。

写真↴

二二八事件発生の地です


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