2010年6月17日木曜日

南海の孤島緑島

台湾東南部の太平洋上に珊瑚礁に囲まれた美しい島「緑島」Luidaoは別名Green-Islandと「蘭嶼島」Lanyuは別名Orchid-Island が浮かんでいます。
「緑島」は「台東」市の東33kの海上に浮かぶ全周20kばかりの珊瑚礁に囲まれた美しい島だ。過去には暗い監獄島としての歴史も有るが、今は台湾有数のリゾート地になっている。

台北から「緑島」へのアクセスは(1)松山空港~台東空港 飛行機、(2)台北~台東 台鉄東幹線、(3)「台東」富岡漁港~「緑島」南寮漁港 高速艇 、(4)大東空港~緑島空港 セスナ。この組合せしかない。

さて、旅の始まりだ。タクシーで「松山」駅に乗りつけ、23:13発「莒光号」に乗車する。「台東」着は翌朝6:00。夜汽車は大阪~東京間を45年ぐらい前に乗ったきりだ。なぜかワクワクする。ビール・ウィスキー・肴、準備OK、あとは気持よく飲んで気持よく目覚めるだけだ。
雨の都・漁港で有名な「基隆」、冷泉で有名な「宜蘭」、大理石の太魯閣渓谷で有名な「花蓮」を通過し、台湾の穀倉地帯「池上」駅に到着するあたりで目が覚めた。この一帯の米は美味しく「池上」駅の駅弁は全国的に有名だ。このブランドにあやかった「池上弁当」の看板は台北市内でも良く見かける。
「池上」駅近郊の朝焼け
池上付近 朝焼け-2
「池上」駅を出発し40分ほどで「台東」駅に到着した。現在の駅は市内からバスで20分ほど離れており、田圃の真中に駅だけがポツント有るような感じだ。ここから、フェリー乗り場の富岡漁港へ行くわけだが高速艇の出発時間は9:00。たっぷり3時間、有る。富岡漁港行きのバス出発には1時間以上あるがここで時間をつぶす事にした。駅構内をウロウロしたが早朝なので池上弁当も売っていない。案内表示も何も無い片隅に観光案内パンフレットが置いてあった。日本語案内書を数部いただく。
田園景色の「台東」駅
台東駅-1
富岡漁港では、出発までの小1時間を魚市を見たり、朝食を食べながら過ごした。
セリ前の準備中の魚市場       
富岡港魚市-3 
富岡漁港に有る原住民部落の集会所 
富岡港-3
300人は乗れる高速艇が満席だ。我々は2階に陣取った。シートにぶら下げられたナイロン袋、船酔いの人が使うアレ用だ。私達には不要だ。私達は魚釣りで船酔いの苦しさを何回も経験しているので薬を1時間前に飲んでいる。準備万端だ。
ぶら下げられたナイロン袋
高速船内
港を出て10分もしない内に聞きしに勝る大波のご登場だ。「台東」から33k離れた孤島「緑島」の南寮漁港には40~50分で到着した。この島のベストシーズンは6月~9月と聞いていたが、それにしてもフェリーから降りる人の多い事。
上陸後に最初にする事はバイクのレンタルだ。民宿女将の説明によると島の人口は3000人弱、それに対しレンタルオートバイは6000台有るようだ。大概が2人乗りをするので12000人の観光客の受け入れ態勢は出来ているとの事で、シーズン中は島民の倍以上の観光客が島をウロウロするようだ。レンタルバイク以外にもゴルフカートが数十台用意されている。料金はバイクNT$200/日、ゴルフカートNT$1400/日、少しゴルフカートが割高だ。

ガソリンを給油するバイクの列
IMGP3803.jpg
「南寮漁港」からバイクで10分ぐらいの「公館村」に有る民宿 「藍色珊瑚島」
IMGP3805.jpg

「蘭嶼」島は殆んどの住民が原住民「雅美族」で3000名あまりが生活している島です。今回は「緑島」からフェリーで「蘭嶼」に渡るつもりだったのだが、なぜか現在は欠航になっていた。地元の人が観光化を嫌がっているのかも知れない。
「公館鼻」
公館鼻
「文化園区」

IMGP3888.jpg

 IMGP3898.jpg
IMGP3899.jpg 
「将軍岩」                         
将軍岩-6
「牛頭山」 
 牛頭山
「観音洞」
 観音洞-4

「柚子湖」 廃墟跡
IMGP3837.jpg
「海参坪」から眺める「哈巴狗 睡美人」。
 P6150092.jpg
  夕暮れの「大白沙」
P6150062.jpg
IMGP3928.jpg

良い波がたっているのにサファーを全然見かけない。私達はダイビングスッポト「柴口潜水区」へ行く。他には「大白沙潜水区」「石朗潜水区」などがあるらしい。

朝日温泉の一番先端の湯溜りに行き、もぐってみると魚がいた。魚と一緒に入浴、趣向が変わって面白い。ジャグジーや、水圧マサージ等もあります。
 雨に煙る「朝日温泉」
朝日温泉
P6150068.jpg
朝日温泉からの眺め                  
朝日温泉 
島中にある「林頭果」(スープにして飲む果物)
IMGP3855.jpg
 緑島空港
AirPort-1.jpg

10m程度の繁華街に話好きの主人が居る唐揚屋さんがあります。「島で一番高い山は284m。ある年、雨が一滴も降らず山火事が起きた。それで、その山を火焼山と言う」「イルカやクジラが島に近づく季節が有る」「台東に行く時、自分は飛行機の15分の揺れより、フェリーの40分の揺れを選ぶ」等々。話が長すぎて女将さんに叱られていた。

様々な揚げ物                                  
夕食-3
商魂逞しい監獄をイメージの氷屋さん 
氷獄-1

マリーンスポーツを楽しむ若者達が年間30万人も訪れるようなった「緑島」にも、暗い過去があったと言う事実は政治的意味合い抜きで素通りは出来ないでしょう。

日本時代「火焼島浮浪者収容所」(1911~1919)が作られ、戦後国民党政権により「新生訓導処」(1951~1965)「国防部緑島感訓監獄」(1972~1987)が設けられ、1987年に戒厳令が解除された後「法務部緑島技能訓練所」と改称された。
「新生訓導処」(1951~1965)には2000人超、「国防部緑島感訓監獄」(1972~1987)には約400人の人々が獄につながれた。 (台湾人権緑島園区に置かれているパンフレットからの引用)

現在の「緑島」には別の場所に「緑島監獄」があり約130人が収容されている。ゲートの前では収容者が作ったのであろう工芸品が陳列されていた。販売もされていたのかも知れない。雨降りだったのでゆっくり観察しなかった。
「新生訓導処」「国防部緑島感訓監獄」「法務部緑島技能訓練所」の全景
IMGP3914.jpg
独居房
独居房
収容者の作品
IMGP3898_20100623112225.jpg 
現在の刑務所(ピンボケ)
 緑島監獄-1

「知本温泉」「鯉魚山」「天后宮」などの観光スポットは全てパスをし2~3千年前の新石器時代の出土品の数々を展示している「卑南文化公園」に行く。台湾原住民はフィリッピン方面から渡来したと云うのが定説なのだが、それは逆ではないかとの仮説が成り立つと云うことだった。フィリッピン方面で新石器時代の出土品が発見されていない事が、その理由の様です。
「富岡漁港」民宿の近所で見かけた水の自動販売機
IMGP3984.jpg
「卑南文化公園」博物館の展示品
IMGP3965.jpg
成人に達した時に前歯2本を抜く儀式です。(これからの苦労を乗り越えられるように)
IMGP3966.jpg 
ペーロン大会をしていました
IMGP3979.jpg 
池上弁当 NT$80
池上弁当
主な出費
台鉄=「松山」~「台東」NT$595
バス=「台東」~「富岡漁港」NT$23
高速船=NT$460/片道 (2010'6/13)
民宿料金(ダイビング含む)NT$3600
朝日温泉入浴料=NT$200